お産に集中する

時期が来れば

また立ち会い分娩も可能になると思います

ですが

立ち会いでなくても出産はできます

いのちが生まれてくる場に立ち会う、とは
とても素晴らしい時間になるとは思うのですが

【立ち会う】という行為にのめり込み、【立ち会う】というドラマに自分が入り込んでしまう出産になりかねないと感じるのです

お産とは本来、自分の体、呼吸に集中し、本能で体を通して、新しい命が生まれてくるのを出てくるのを体感するものだと思うのです

主役は赤ちゃん

陣痛を味わう中、旦那さんの行動にイライラしたり気が散ったりしたら
自分の体の変化や呼吸に集中できなくなると・・・

本末転倒・・・

お産を味わっている本人ではなく
旦那さんが

「奥さんが痛そうだから見てられないから」

という理由でナースコール押されても。。。

女性はね、自分に集中すると強いのです

本来備わっている生み出す力がきちんとあるのです
(普段から自分を置き去りの人は力が弱まっているかも)

その生み出す力を最大限に活かし【立ち会い出産】できると良いですね

立ち会えば良いってものでもなく
腰をさすっていれば良いってものでもない

生まれてくる一瞬を一緒にいても
一緒に子育てしないと意味ない

生まれてくる一瞬を一緒にいた時
お腹に宿ってから生まれるまでどう命に向きあって来たのか
見透かされますよ

赤ちゃんは純粋なんです

他のだれよりも。

他人にお任せ

結婚したら

旦那さんに幸せにしてもらう♡

そんな方が多いように思いますが・・・

ハッキリ言わせてもらうと・・・

そんなんじゃ幸せになれないよー!!!

自分のご機嫌は自分でとる
自分の幸せは自分で積み重ねる

これを相手にやってもらおうとすると

寄り掛かりすぎて
相手は苦しくなるばかり

自分も疲弊するばかり

なんでやってくれないの
なんで気づいてくれないの
私のご機嫌とってよ!幸せにしてよ!!

ってなる

そんな関係性、いやですよね・・・

夫婦って
思っている以上にコミュニケーション取れていないですよ

考えていること
今の自分のこと
何が大変で何が楽しいのか
何に興味あるのか
子供のこと
家事のこと

目の前にいる人は自分の鏡のようなもの

幸せを自分で積み重ねる人同士が一緒になるのと
相手任せの二人が一緒になるのとでは
全然違う

お子さんをどんな家庭で育てたいですか?
どんな人生を送って欲しいですか?

自分で自分の人生を歩んで欲しいですよね

人生の主役は自分自身
だれもあなたのご機嫌なんてとってくれません

思いやりがない時は余裕がない時かもしれません

そんなことも話せるといいですね

弱みは強み
弱みを出せる関係性は素晴らしいのです

自分をご機嫌にできる人は周りにも優しさが溢れるのです

他人任せの人生にしないでね

見えない部分

大切なことは目にうつりません

その人が何を軸に、何を大切に生きているかは

生き様を見ていればわかること

愛の量は目には見えないけれど
一緒にいることで愛をたくさん持っているかはわかると思います

ブランドの持ち物を持って
高級車で愛の大きさを測っているとしたら

それは違うかもしれません

持ち物で振りかざしていると
裸になった時
堂々と立っていられるでしょうか

真っ直ぐとした軸がその人の中にある時
目や声、立ち方に生き方が現れています

愛の深さは人それぞれだけど
それは目にはうつりません

愛し方も違うけれど
それが愛だった、なんて気がつく時は何十年も経った後かもしれません

親になって初めて気づく、幼い頃の想い、子供に対しての感情など

「あの時の親の気持ち、ちょっとわかったかも」

そんなことに気づくこともあるかもしれません

見える部分を一生懸命磨くことが悪いわけではありませんが
見えない部分を丁寧に磨く人は本当の大切さに触れていると思います

何を大切に子育てすれば良いのか
何を大切に生きて行けば良いのか

誰かと比較することなく
肚で呼吸しながら
一歩ずつ進んでみよう

本当に大切なことは目にはうつりません

奇跡の連続

妊娠して

出産して

健康な子を子育てするって

当たり前のようですが

よーーーーく考えてみてください

簡単に妊娠する?
(する人は1回で、時間かかる場合も色々ある)

無事に出産する?
(妊娠当初から入院する人も合併症がある方もトラブルある方もほんと様々)

子育てとは?
(親が精神的な成長させていただいています、体にテーマを持って生まれてくる子もいます)

言い出せばキリがないほど

奇跡の連続の中に

命があるのです

でもちょっと忘れ気味になったりしませんか?

私自身、
妊娠がわかったと同時に「流産の可能性があるため入院してください」
と言われたり
仕事中に出血して入院したり
自宅安静だったり
3回も流産したり
スルッと経膣分娩したこともあれば
帝王切開の経験もあり

4人の子を出産しているので
それぞれストーリーがあり
色々あっても無事に出産できて過ごしているわけですが

3回も続けて流産した時は辛かったです

その時の私は

「妊娠して出産することが幸せ」と思い込んでいたので

今ある幸せとか、
感謝とか
旦那さんとの向き合い方とか

全部すっ飛ばして

妊娠して赤ちゃんを産むことで、自分の幸せの形を作ろうとしていたんです

妊娠すること、赤ちゃんを、幸せの道具にしてしまっているから・・・

そこに気づいた時

あー赤ちゃんが来ても来なくても私って幸せなんだっけ。自分の人生楽しもう!と思ったら

赤ちゃん、やってきました。

流産した時の悲しみのどん底、みたいな気持ちもわかるし
妊娠しなくて焦る気持ちも
誰かと比較してしまう気持ちも
子育て中の、予定通りにならないことも
旦那さんが赤ちゃんの声で起きなくてイライラすることも
自分のご飯さえちゃんと食べれない辛さも
おむつ替えを追いかけ回しながら時間がかかることも
片付けても部屋が散らかるぐったりさも
どうしようもなく落ち込む気持ちも

色々たくさんわかる!

けれど

妊娠した時の喜びや
初めての胎動
赤ちゃんに触れた時
赤ちゃんが初めて笑った時
立った時
ママーって言った時
なんでもないことで笑い合える時間

全て奇跡の中にいる私たち

イライラしていたりすると
忘れ気味になってしまうけど

今ある幸せを当たり前にしないように
奇跡の中にいることを
感謝を忘れないように

したいなって思うのです

だからといって、不満やコミュニケーション不足はそのままにはしないように!!

子供たちが寝た後

「今日も元気に過ごさせてくれて、体さんありがとう」ってなでなでしてます

光と影

自分以外の誰かを見て

そこに映ったほんの一部を見て

 

羨ましくなってみたり
こんな人嫌だなって思ってみたり

人の心って忙しいものですね

 

でも本当に見えているのでしょうか

 

その人が今まで生きてきた○○年のほんの一部だけを切り取って

あの人はいいよね
お金あるからなんでも買えて

あの人はいいよね
心が広いから子育てに余裕がある

あの人はいいよね
旦那さんが優しいから家庭がうまくいってる

って

下らないことで自分と比較したり
一部だけを切り取ってしまうのは

もったいないです

 

羨ましいと思うなら
その人の人生丸ごとやってみたら?と言いたい。

人にはいろんな過去があり
いろんなしがらみがある

その人だから乗り越えられたことばかり

 

だからこそ「今」があったりするのです

愛がたくさんある人は
その分辛さも知っている

 

だから愛を注げるのです

 

一部だけを切り取って
あーだのこーだの言ってる人は
自分のことを知ることをしたらいい

 

みんなね、良いところしか見えないのです

努力してる姿とか
苦しかった過去を自慢するようなことはしないから

美しいように見える部分だけが光ってしまうけど

 

それは影があるから光があるし

 

光があるから影がある

 

どちらかだけでは成り立つことではなく

両方あって、その人

両方あって、あなた

 

なのです

 

誰かの人生を生きるのではなく

あなた自身をたっぷり味わおう

 

2022

明けましておめでとうございます

本年もどうぞよろしくお願い致します!

 

ママだけ
家庭だけでは子供は育ちません

家庭ってものすごく狭い世界なんですよ

 

お父さん
お母さんが

自分達の世界にこもっていると
子供たちもその世界でしか
その価値観の中でしか生きられないのです

 

 

いろんな世界を、価値観を、生き方を知らないことは
もったいないことです

 

もったいないとは

その子が持っている能力が発揮出来ないこと

 

その子がその命を生きることを身近で応援できるのは
私たち親なのです

 

私たちが学びをやめず行い
出来事に向き合い
様々な価値観、考えに触れることで

 

それが子供にも伝わります

 

 

「子供のため」

って言葉を出すなら

まず私達が生きる学びをすることです

 

 

知識だけでは何にもなりません

 

経験するために
私たちはここにいるのです

 

言葉で伝えるのではなく
(もちろんそれも大切だけど)
生き様で伝えていこう

 

そのエネルギーはダイレクトに伝わる!

 

その子がどんな道を選んでも
応援できる器の広さを身につけよう

 

子育ては
親育て

 

ただただ、目の前にいるその子を肯定しよう

お父さん
お母さん自身もね!

 

 

 

あるあるある

人は「ない」ところに意識が行きがち

〇〇がないから△△を取り入れよう
〇〇ができた方がいいから習わせよう

とか無意識にお子さんにやっていませんか?

生まれて来るときは

「無事に生まれますように」

って

お腹にいる命を大事に思っていたのに

生まれて

そこにある「いのち」が当たり前になってしまうと

足りないものを補う、思考に偏ってしまうんです

「〇〇が足りないから足す、追加する、次にないのはこれだ!」

ないないない!足りない!

このような思考になっちゃうと目の前のことに感謝する気持ちがなくなってしまいます

朝起きて、無事に1日を始められること
元気に過ごせたこと
ご飯を食べることができたこと
暖かいお家があること・・・

こんな当たり前になってしまっている日常があることを忘れてしまうんですよね

感謝が足りないと「足りないもの、ないもの」を探しがちで
不安から何かを掴みに行ってしまうのだけど

感謝の中にいたら、たくさんの中に生きていて、たくさんの「ある」中にいることに気づくと、

パートナーにも子供にも、そして自分にももっと優しくなれるんじゃないかと思うのです

ないから足す
から
たくさん「ある」中にいる

ことを改めて見つめてみて欲しいのです

 

あなたの中にある才能という財産や
お子さんが持っている能力を最大限に活かして過ごせたら

とても満ちた毎日になると思うのです

 

不安や「ない」を見つけにいくのではなく

たくさんの「ある」を探してみてくださいね

 

きっとあなたはたくさんの「ある」に囲まれているはず

 

※今の状態に改善が必要な方へ
感謝が足りない、我慢しなさい、ということではないです
SOSが必要なことと、我慢は別のことです
一人で抱え込んでいる方はできるだけ早く誰かに相談してくださいね

 

あなたがあなたで生きれることを祈っています

 

ピッタリはまる時

産後の方は何かと

誰かに何かをお願いしたり

サービスを利用したり

すると思うんです

もうじゃんじゃん頼って欲しいところ。

 

友達かもしれないし
お金を対価として払って受けるサービスかもしれないけど

どちらにしても必要なこと

子育てはみんなでするものだから

たくさんの愛情を注がれて
いろんな価値観に触れて
成長して欲しいです

 

で、あなたは逆に

頼られた場合、どう?

私は嬉しいです

私にできることがあれば!!

頼られた時って、みんな意外と

 

嬉しい

 

と思うんです

(頼る、と依存は違うよ)

 

 

頼りたい側と
頼られる側って

どちらも完全であり不完全であり

ピッタリ当てはまるんですよね

頼る側がマイナスということではなく
頼られる側がプラスということでもなく

その時、そのタイミングで、その関係性が湧き上がり、一つの形が出来上がる

 

頼られる側ってちょっとエネルギーが余っていたり
「注ぎたくて仕方ない状態」だったりするので
遠慮なく頼っていいと思うのです

 

で、あなたが落ち着いてきたら

今度は他の誰かに注げばいい♡

 

そうやって循環していく見えない流れは

とっても大切にしたいところ

 

頼りたいあなたと
頼られて嬉しい誰かは

ピッタリ合うと赤ちゃんも嬉しい

 

まずは一歩踏み出してみよう

 

 

イクメン

今は、イクメン、と調べると

 

イクメン 死語
イクメン 迷惑

 

ってワードが出てきます笑

 

イクメンと言われて喜んでいる男どもー!!

喜んではいけません

 

当たり前です

あなたの子で
あなたの生活のことです

女性がこどものお世話しても何にも言われないですもんね

 

まだまだ男性社会のこの世の中

 

男性が働いて女性が家や子育てをする、まだまだその社会はあって

お互いがそこに感謝を持っているのかな?
尊敬しているのかな?

働いている方が偉いとか
俺が稼いできたんだから家では何もしないとか

ちょっと家事やったり
育児すれば大きな顔したりね

そんな意識の中にいたりするのは

キケン!!

 

何がキケンなのか

それを我慢して受け入れているママを
子どもはみて

何にも言わなくても我慢する子に育ててしまうのです・・・

それくらい子供は見てます!!

 

自分ごと、として
家庭的に関わっているお家はやっぱりね、まあるいです

雰囲気があったかい

 

 

イクメン!!
だなんて褒めておだてていても

本質的には変わりません

 

旦那さんをたてる、ってたまにはいいかもしれませんが

裏ではぐちぐち言ってるとしたら
それは本当のところ、たてていないし、愛じゃないですよね

 

女性が働いていない罪悪感があったとしたら
そんなの不要です!!

小さな命を24時間ずっと見守り育てているじゃないですか!!

それがどれだけすごいことなのか自覚してくださいね♡
そして、旦那さんもそれを少しでも触れられたら違うと思うのです

男性が外で働く大変さ
女性が家で子育てする大変さ

どちらも体感し尊敬しあえたら、と思うのです

 

そしたら
イクメンって言葉も
お金を稼いでいない罪悪感も

もっとフラットに捉えることができるんじゃないかと思います

 

男性が自分ごと、として捉えることが出来ない理由の一部に

自分が育って来た環境が関係してます

「お父さんが帰ってきたら何もしない、たまにしか遊んでくれない、
お母さんはいつも家事をやっていて、なんだかいつも大変そうだった」

こんな環境で育っていれば、それが普通、になりますからね

だからと言って諦めることはなくて、
女性側の意識でどんどん変えていきましょう

どんな家庭になるかは

女性のエネルギーにかかってますよ♡

 

 

二人目問題

二人目以降を迎えるかどうかは

 

その家族によって違うと思いますが

 

一人目で大変な思いをされた方は(お産、産後、子育て含め)
またこうなったらどうしよう
二人なんて育てられるだろうか

こんな思いが溢れてくることもあると思います

 

 

「主人は二人目を欲しがっていたけど
私が決断出来なかったから、諦めさせてしまった・・・私のせいだ」

と、ご自身を責める方がいらっしゃました

 

 

全然あなたのせいじゃないですよ

 

ご主人が本当に二人目を望んでいるなら

「育休とって赤ちゃんのお世話するから、安心してお産できるようにするから、何も心配いらないよ」

こういったやりとりができるはず

本当に二人目が欲しいなら考えているはず

子育ては女性がするもの。
そんな考えを持っていなければ考えているはず

 

でもなかなか言えないと思います

 

だから、ママ自身も自分のことを責めなくて大丈夫

 

女性の体に宿り、お腹の中で育て、お産をする

どうしたって、ここは避けられないこと

 

だからこそ、それ以外のできることはやるから
安心してお産してね、

 

 

そんなこと言える旦那さんはいったいどれくらいいるのでしょう

 

そこまでの覚悟がないのに
辛かった経験のある女性に対して「二人目欲しい」だなんて軽く言ってはいけないと思うのです

そもそも、まだその時の心の傷や思いが消えてないならば、そちらを先に癒してあげないと繰り返してしまいます

 

一人目の時のママが所有している「辛かったこと」を
もっともっと夫婦で共有していいはず

だって二人の子なんですから

当事者として向き合えるように

社会、会社だけのせいには出来ません
一人一人が意思を持って行動することに意味があります

 

ママは自分を責めないで
お産しているだけですごいのです

ご主人に諦めさせてしまった、そんな風に思わないで

男性側がそこまでの覚悟を持っていないだけ、なんですよ

 

辛かった経験のあるママへ
一人で抱えないで誰かに話してみてね