赤ちゃんの名前を考える時間って、幸せですよね。
スマホ片手に漢字を調べて、
画数を見て、
響きを比べて、
「この子にぴったりの名前を」と悩む。
妊娠中の楽しみのひとつです。
でも助産師として長年たくさんの赤ちゃんを見てきて、今日は少しだけ“おせっかい”を言わせてください。
名前は「親の作品」ではなく、その子が一生使うもの
最近、本当に増えました。
読めない名前。
説明できない当て字。
神様みたいに壮大すぎる名前。
もちろん、親御さんの愛情は分かります。
「特別な存在だから特別な名前を」
その気持ちも理解できます。
でもね。
その名前、80歳になっても自然に呼べますか?
これ、案外大事なんです。
昔の人は「名前負け」をとても気にしていました
私が子どもの頃は、祖父母や産婆さんが命名に関わる時代でした。
その時によく聞いた言葉があります。
「この子にはもったいなくない名前を」
子どもの頃は意味が分からなくて、
「私って大した人間じゃないってこと?」なんて拗ねたものです(笑)
でも今なら分かるんです。
昔の人は、
名前がその子の重荷にならないように考えていたんですね。
あえて控えめな名前をつける。
その子自身が人生で名前を超えていけるように。
これは親の愛情だったのだと思います。
「良い漢字」を詰め込めば良い名前になるわけじゃない
例えば昔は、
- 平
- 和
- 恒一
- 幸
- 知
そんな“余白”のある名前が多かった。
反対に、今は
- 皇帝級
- 神話級
- 宇宙規模
みたいな勢いの名前も増えました(笑)
でも人間って、名前から無意識に印象を受けるんです。
たとえば「智」という字。
とても立派な漢字です。
賢さや才能、叡智を感じます。
一方「知」は少し柔らかい。
物事を理解する。
人の気持ちを知る。
そんな温度があります。
どちらが良い悪いではありません。
でも私は、頭が良いだけの人より、
人の痛みが分かる人の方が、ずっと素敵だと思っています。
キラキラネームを助産師が心配する理由
ここ、ちょっと現実的な話をしますね。
医療現場では、名前は命に関わります。
薬。
点滴。
処置。
検査。
名前の確認は絶対です。
だから読めない名前、変換できない漢字、聞き取りにくい読み方は、実際かなり神経を使います。
災害時や救急搬送の時、
医療崩壊レベルの混乱時には、なおさらです。
これは決して「個性を否定したい」のではありません。
ただ、命を預かる側として、
“誰でも読める”って、実はものすごく大事な優しさなんです。
赤ちゃんは「親の所有物」ではありません
ここは少し厳しいことを言います。
赤ちゃんは、親のアクセサリーではありません。
SNS映えのための名前でもない。
親の夢を乗せる看板でもない。
お腹に宿った瞬間から、
その子にはその子の人生があります。
そして名前は、
その人生で何万回、何十万回と呼ばれるものです。
- 保育園で
- 学校で
- 就職で
- 病院で
- 老人ホームで
人生の全部に付き添います。
だから私は、
「親が満足する名前」より、
“その子が生きやすい名前”を考えてあげてほしいのです。
名前は「願い」より「祈り」くらいがちょうどいい
私は、名前って少し曖昧なくらいが美しいと思っています。
大きすぎる期待を背負わせない。
でも、優しさや幸せをそっと込める。
それくらいが、ちょうどいい。
だって人生って、親の思い通りにはなりませんもの(笑)
トンビがタカを産んだら拍手喝采。
でも大抵は、普通に愛嬌あるトンビ一家です。
それで十分幸せじゃないですか。
これから赤ちゃんの名前を考えるあなたへ
今は検索すれば、
「人気ランキング」も
「運勢」も
「キラキラ度」も出てきます。
でも最後に大切なのは、
- 人に呼んでもらいやすいか
- その子が説明に困らないか
- 年齢を重ねても自然か
- 名前が人生の足かせにならないか
そこだと思うのです。
名前は、親から子どもへの最初の贈り物。
だからこそ、“愛情”だけでなく、“想像力”も添えてあげてくださいね。
そして何より。
その子が将来、
自分の名前を好きになれますように。